はじっこに書きつけることば

ノートの端にする落書きのような奔放さ、乱暴さで書いていきます。

俺はどこから来たのか、という妄想

俺はどこから来たのか、という妄想をよくする。

そしていまのところ、たぶん俺は、自分は七千年ほど前、スンダランドが沈下したときに、木舟にのってやってきたのだろうな、などと結論づけている。

 

もう少し細かい設定もある。五万年前、スンダランドからオセアニアへと旅立っていった人々がいたという。いまのアボリジニだ。俺はきっと彼らをすごくうらやましそうにみていたにちがいない、とおもうのだ。だけれど、俺は彼らとともにはいかず、スンダランドで狩猟採集を続けていた。

 

そして、ほんとうだったら、俺は、三千年前にスンダランドからオセアニアへ、そしてさらにリモートオセアニアまで舟をすすめた一群とともに行動するはずだったのだ。だが、運命のいたずらで、それはかなわなかったのだろう。

 

俺はいまでも、すごく海に惹かれる。宿命的に惹かれている。俺は、山伏などもちょっぴりかじっているから、当然、山にも愛はある。だけれど、山への愛は、おとなになってから出会った恋人への愛のようなもので、海への愛はもうすこし根源的なのだ。

 

ほんとうは、リモートオセアニアにいたはずなのに、どういうわけかこんな日本列島に来てしまったのが、いまの俺だ。

 

だけれどたまにおもう。そんなふうに海に惹かれるなら、どうしてずっと人間だった等とおもうのだろう、と。ほんとうは、俺は海の波だったのかもしれない。それが、どういうわけか人間になってしまい、どういうわけか日本列島にきてしまった。

 

どういうわけか、の多い来歴である。

現在の俺が書いた談スの感想

いわゆるコンテンポラリーなダンス作品の中で考えてみたとき、談スの公演の特徴は、とにかく観客がよく笑うということである。コンテンポラリーダンスの作品といえば、観客は気難しい顔をして、じっくりとその作品に対する思考を深めていて、だれもがまるで老批評家みたいに振る舞っているようなイメージもあるけれど、この作品に関してはそれはまったく当てはまらない。観客はみんな、大きな口を開いてげらげら下品に笑っている。もとより客層だって、やたらとインテリぶったようなのは全然いなくて、にこやかな一見普通のおばさんたちが、たくさん観にきているのだ。

 

いや、じっさい、この作品は本当におもしろいのだ。おもしろくて、とても笑える。軽薄な笑い声は、けっして止むことなく、ショーの最後までつづいていく。だけれど、それは、この作品が内容を持たない表面的なものだということを、ちっとも意味しない。いやむしろ、その事実こそが、この作品が第一級の思想的深さをもった芸術であることを証明しているのである。

 

ここで起きている笑いをよくよく考えてみると、それは人間の身体がモノになってしまうことに対する笑いなのではないか、という気がしてくる。ひっくりかえって、ころがって、固まったとおもえば、また、ほどけて。ステージ上のダンサーの身体は、まるでモノのようだ。というより、彼らの奇怪な動きは、俺たちに、俺たちの身体もまたモノにすぎないことを教えてくれる。

 

俺たちはふだん、自分の身体はなにか特別で、そこらにあるマグカップやらパソコンのキーボードやら落ち葉とはまったく異なる「モノ」であるかのような幻想を抱いているけれど、死ねばひとの身体は腐るだけだ。少しずつ、人間の形を失って、少しずつ、モノの領域へと沈んでいく、死体。自分の身体だって、いつかそうなる。もちろんそうなる前に、気の早い炎に焼かれて、骨粉になってしまうのが現代の日本人のあらかたなのだけど、俺なんかはそういう朽ち果てていく死体に強く憧れるので、できれば死体は森に放置していただきたいものだなあ、などとおもったりもする。

 

こういうイメージというのは、グロテスクな色彩をともなって、ある人々の顔をしかめさせるかもしれないが、ところがどっこい、談スに心奪われるような人種にとっては、げらげら腹を抱えて笑いたくなるような、極上のコメディショーなのである。

 

元来、笑いというのは人間の幻想が、がらがらと音をたてて崩れていくところに発生するものだ。高級なスーツでびしっときめて、胸を張って歩いていた紳士が、突然、転んでしまったとき。罠を仕掛けた子供たちは、物陰からそれをみて、げらげら笑うだろう。彼らが笑っているのは、清潔で理性的な社会的人間という幻想が、物質的な身体の重さに足をとられ、本当にこの世界を支配しているのはモノなのだという事実が暴露されたからである。そこで起きる笑いは、もはや人間の領域をはなれているから、ブラックなどではありえない。あっけらかんとした、明るい笑いである。

 

だから、うんちとかおしっことかは、やっぱりいくつになっても、面白いのである。どんなにかわいくて、俺たちの幻想/妄想を活発にするアイドルだって、やっぱりうんちをする。政治家が高尚な人類の理想を語っても、突然の便意によってそれを中断されてしまうこともある。そしてそれは、さっきまで理性をフル稼働させて彼の話を聞いていたひとびとの表情を、いっきに和ませるだろう。そして、談スにおいてもまた、踊り手たちは、便意に、身体のどうしようもない重みに、振り回されている。そしてその様が、観客を腹の底から笑わせているのである。

 

頭のなかでこねくり回して作り上げられたダンス作品などが、くだらなくならないはずがないのだ。それは、人間の理性のはたらきが、身体を十分にコントロールできるなどという幻想が解体されることもなく、偉そうな顔をしていまだ鎮座しているからだ。身体のほんとうは、おもたく、不可思議で、まっくらだ。心臓の拍数も、消化のスピードも、筋肉の張りの具合も、人間たちにはコントロールできない。なのに、それをコントロールできているかのようなツラをして、理性的に作品を構築すれば、それは人間のひとり相撲にしかならない。

 

ダンサーが便意に悩まされたり、身体の重みに振り回されたり、あげくの果てには、じぶんの体内を探検したりするこの作品をみたあと、俺の心はとても晴れやかであった。それは、俺がふだん拘泥しているような現実の世界が、じつは人間の拵えものにすぎないことが暴露され、深遠なるモノたちの世界がそこに現れていたからである。モノの世界に触れる。それは、俺の心の中に、他では得難い健康をあたえてくれる。

 

 

 

 

2014年9月にかいた談スの感想

ひとりの男の身体が、唸り声をあげる。彼を唸らせるのは、身体内部のざわめきである。ざわめきは、恐らく、こう訴えているのだ。「今すぐ排泄なさい、さもなくば……」だけれど、それすら定かではない。ざわめきは実際、確かな言葉ではないのだ。

ふたりめの男がやってくる。この出会いによって、ひとりめの男の注意は、ざわめきから、目の前に現れたもうひとりの男へと移ったようにみえる。つまり、多様なざわめきは、集められ、ひとつの塊へと形を変えたのだ。こうして、ざわめきをその内にはらむところの、ふたつの塊が向き合うこととなった。

はじめ、彼らはどこかよそよそしく振舞っている。ふたりは、まさに別々の塊なのだ。しかし、それも、ふたりで身体を組み合わせて、全体的な運動をおこなうようになるまでは。運動がはじまると、ふたつの塊は、ひとつの塊へと変わる。

そうしているうちに、三人目が加わるだろう。全く同じ過程をふんで、ふたつの塊は、ひとつの塊へと変化していく。ところで、このとき、塊は、いったいどのようにしてひとつの塊たり得ているのだろうか。先ほど、身体内部のざわめきがひとつの塊へと変化したときには、私たちが、意識とか魂とか中枢とか呼ぶようなもの、他者の出現によって敏感になったそれが、機能していたと考えられる。では、そうしてできた塊と塊、すなわち、二つ以上の身体がひとつの塊へとなるときには、いったい何が機能しているのだろうか。

「1…2……3」掛け声が、彼らをつなぎとめている。掛け声が、彼らをひとつの塊としてあらせている。彼らは、まるで予め打ち合わせてあった「かのように」カウントの声を出す。いや、これではまるで、予めそこに、カウントがあったかのようではないか。その通りで、彼らはただ、そのカウントを、掛け声でなぞっているだけなのだ。カウントは、はじめからそこにあった。カウントが、彼らをつなぎとめ、彼らをひとつの塊としてあらせているのだ。

いまや、ひとつひとつの身体はまるで、ざわめきのようだ。はじめ、ひとりの男にとって、激しい便意がそうであったように、ひとつひとつの身体は、掛け声によって結ばれた全体におけるざわめきである。

そうして、やりとりは続いていく。彼らは、身体の微細な領域、すなわち、最も身近なざわめきの領域へとはいっていくだろう。いまや彼ら自身がざわめきなのだ。大きな固体は小さな固体に侵入することはできないが、大きなざわめきは、小さなざわめきのなかへと侵入することができる。ある意味で、ざわめきは、大きさを持たないのだ。

このダンス作品が持つ恐ろしさは、それが孕んでいるこういう思想にある、と私は思う。こういう微細なものへの感覚を持った思想は、今ある世界を全面的に解体してしまうだろう。しかも、そういう解体は、ほとんど気づかれないうちに完了されてしまうだろう。この作品における特異な態度は、視点の変更などという言葉では表されない。それは、視点、すなわち目から、ざわめきを感ずる器官、すなわち耳への移行なのだ。

だから今日、本当の意味で聴覚に愛されたこのダンス作品を、体験し、私は恐ろしいような気持ちさえ抱いたのだった。

談スについて、ふたつの文章

このあいだ、京都のロームシアターで談スの公演を見てきた。

『談ス』公式サイト / 大植真太郎、森山未來、平原慎太郎 出演 / 2016年5月、東京凱旋公演決定!

一昨年の九月に東京の青山円形劇場でやった公演もいれれば、今回のツアー序盤に東京でもみているから、これが三回目となる。しかし、作品は日々変化を続けるものなので、別に飽きてしまうことはない。さらに、観ている俺の方だって、日々、変化しているのだから、そして、劇場も毎回違えば、当然、客だって変わるのだから、それらの影響の与え合いでうまれる感想というか、感慨が、毎回同じなはずはない。

 

そういう変化をよく感じられる素材があった。一昨年、はじめて観た後に、書いた感想がデータとして手元にのこっていたのだ。当時17歳の夏休みが終わったばかりの俺がかいた感想は、いまよめば、恥ずかしいものであることは、否めない。だけれど、同時に、なるほどなあ、などと思う部分もあるし、なにより、そうした文体をとっていたことも、ひとつの軌跡の記録として意味があると思い、ここでもう一度公開してみることとした。

 

そして今回、あらたに一本、感想を書いた。こちらは、高校を卒業して、大学に入学する直前のあいまいな俺、つまりいま現在の俺が書いたものであり、できたてほやほやだ。というか、実はまだきちんとは書いていない。書くのはこれからだ。ははは。

 

というわけで、このふたつの感想を読んでもらえば、談スの公演が俺に与えた印象が、どう変化したのか、あるいは変化してこなかったのか、ということを少しばかりおもしろく考えてもらえると思う。まあ、別にそんな読み方を強制するつもりは毛頭なく、どんな具合に読んでもらってもかまわないのだけれど。

 

二本の文章は、できれば本日三月三十一日中にこのブログに載せたいとおもうので、よろしくおねがいいたします。

 

 

映画という都市にてー楊德昌「恐怖分子」

 映画、かくあるべし。―—無論そのような言葉は意味をなさない。かくあるべし、という映画を二本も観れば、僕などはきっと退屈してしまうことは疑いようがないのだから。それでも、そう呟かざるを得ない理由が、この大傑作にはたしかにあるのだ。

 ひとつ。この映画が、第一級の劇映画でありながら、また鋭い映画論でもあること。映画製作と、映画批評の間にいかなる断絶もみいだ「さ/せ」なかったゴダールよりも、ことによれば一層スマートに、この映画はひとつの映画論である。

 パンフレットで四方田犬彦がいうとおり、この映画において「大都市」は「孤独で、迷路のような様相を呈している」。しかしそもそも、それこそが、映画ではなかったか。すくなくともここまでの百年あまりの生涯にわたって、映画は決して田舎者ではありえなかった。例え、都会の消費社会に対抗して、農民の生活の素朴さを強調してみせていたって、映画それ自体はいつも、孤独で、迷路のような様相を呈した大都市そのものだった。どういうことか。

 四方田の文章は、さらにこう続く。《すべての人間は名前も人格も奪われ、偶然のままにさまよっていく。さながら紙や藁で作られた人形のように。》カメラが被写体を捉え、フィルムにその像が焼き付けられるとき、古い言い伝えが言う通り、被写体は魂を抜かれる。カメラは、生きている時間を身に纏い、多方面に向かって拡散していた生を、ただひとつの像として直線的時間軸の中に固定してしまう。カメラにうつされたら、人はもう死ぬことは出来ない、とは嫌になるほど繰り返されてきたモノ言いであるが、しかし、カメラに写されたそのポイントにあってすでに、被写体はその生を永遠に剥奪されているというのが本当であるはずだ。あまりいい言い方ではないけれど、カメラに写された時点で、その被写体の実存は失われてしまうのだ。そうして集められた実存なき紙人形が、好き勝手に積み重ねられ、ハウルの動く城をも思わせる雑多な運動体となってそのとき、映画はこの世に生を受ける。

 大都市もそういう意味では映画に似ている、と新宿の裏側を歩いているとき、僕などは思う。本質的に自由な空間に、ボックスとしての小部屋が積み上げられて、そこで名前のない人間たちが個別の生を営んでいる。それは、巨大な一つの集合ではない。あらゆるところで、縺れ、解れ、破れがおきていて、ひとは隣人に気づかれずに死ぬことができるし、ふとした隙間に入り込むだけで、すべての人の視線から逃れて透明になることもできる。都市の構造は、自然環境と区別不能に複雑である。フィクションが蔓延って、森のような複雑さをうみだしている。

 生きるということが、大地に根をはっていることだとしたら、そもそも都市のひとびとは、一度は死んでいるのである。そのことは、歴史学者たちが明らかにした。後ろめたいところのある人が、大地と実存のずぶずぶの関係の世界を蹴り跳ね、やってきたのが、都市だった。そこでは誰もが、また何もが、神さまへの贈り物であるという点で平等に孤独だった。しがらみもなにも全て切り捨てて、自由に生きることが可能だった。そうして商品がうまれ、神の庭は市の庭となり、都市は育ち、やがて人の流れの結節点のようにこの惑星の上に散らばった。

 都市に生きる私たちがみな本当はそうであったように、フィルムに焼き付けられてきた全てのショットもまた、本当は神さまへのささやかな贈り物なのではないだろうか。そして、もはや自由である私たち=ショットは、自由ゆえに、全くの偶然に、出会い、離れていく。そこに、物語が読めるかもしれない。読めるなら、読めばいい。しかし、そこにあるのは、本当は物語ではない。常に自己生成を止めない巨大な迷路的構造体、大地を蹴り出し壮大なアクロバットを試みる、複雑な生命のようななにかだ。

 エドワード・ヤンは、都市の構造によって、映画の自由を語る。あるいは、映画の構造によって、都市の自由を語る。どちらだっていい、結局は同じことだ。取り返しのないほど美しいものたちが、くっついたり、はなれたり。もし、「映画分子」が人に涙を流させるとしたら、その涙が何のために流されているのかは、もうすでにわかりきっていることだ。