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はじっこに書きつけることば

ノートの端にする落書きのような奔放さ、乱暴さで書いていきます。

俺はどこから来たのか、という妄想

俺はどこから来たのか、という妄想をよくする。

そしていまのところ、たぶん俺は、自分は七千年ほど前、スンダランドが沈下したときに、木舟にのってやってきたのだろうな、などと結論づけている。

 

もう少し細かい設定もある。五万年前、スンダランドからオセアニアへと旅立っていった人々がいたという。いまのアボリジニだ。俺はきっと彼らをすごくうらやましそうにみていたにちがいない、とおもうのだ。だけれど、俺は彼らとともにはいかず、スンダランドで狩猟採集を続けていた。

 

そして、ほんとうだったら、俺は、三千年前にスンダランドからオセアニアへ、そしてさらにリモートオセアニアまで舟をすすめた一群とともに行動するはずだったのだ。だが、運命のいたずらで、それはかなわなかったのだろう。

 

俺はいまでも、すごく海に惹かれる。宿命的に惹かれている。俺は、山伏などもちょっぴりかじっているから、当然、山にも愛はある。だけれど、山への愛は、おとなになってから出会った恋人への愛のようなもので、海への愛はもうすこし根源的なのだ。

 

ほんとうは、リモートオセアニアにいたはずなのに、どういうわけかこんな日本列島に来てしまったのが、いまの俺だ。

 

だけれどたまにおもう。そんなふうに海に惹かれるなら、どうしてずっと人間だった等とおもうのだろう、と。ほんとうは、俺は海の波だったのかもしれない。それが、どういうわけか人間になってしまい、どういうわけか日本列島にきてしまった。

 

どういうわけか、の多い来歴である。